2008年12月10日

世界中で突然人が消える日

宇宙.jpg 私は、まだ学生の頃、キリスト教会に行ったことはありますが、牧師の教義的な説教に少しも興味を持てずに、ひたらすら眠かったことを覚えています。その頃は聖書というものは、キリスト教という宗教の教典くらいにしか考えていなかったので、聖書を信じていませんでした。また、宗教的なことは、嫌いだっだので、いわゆる無神論者だったのです。

 その私が、ある日を境に変わったのです。もちろん尊敬すべき師に出会い、人生観が大きく変わったことも確かですが、その当時、東京で暮らしていた私に、啓示が下ったのです。「自分のためだけに生きるのではなく、神のため、世のため、人のために生きなさい....。」それは、ある日突然、天から降って来た声でした。

 それ以来、私は、神である創造主とのつながりを持ち始めました。そして、およそ8年前に鹿児島の東シナ海に浮かぶ甑(こしき)島で巨大UFOを目撃したのです。私は、それまで宇宙やUFOに関して特別に関心を抱いていたわけではなかったのですが、UFOを実際に自分の肉眼で目撃して以来、私の心の内面にさまざまな変化が起き始めたのです。体験に勝るものはないと言いますが、UFOとの遭遇は、確実に私の人生観を変えました。

 今後、多くの人が、UFOを目撃するようになり、決して、それがSFの世界の話、夢物語ではないことを世界中の人が認識するようになります。そして、中東が世界の緊張の中心になっていますが、そのことは、聖書の預言の通りに、この世の中が終末を迎えているということです。そして、中東和平が締結された後に、世界中至る所で、ある日突然人が神隠しのように消えていき、それを目撃した人は、一時パニック状態に陥り、混乱を来たすのです。

 ある日、人が忽然と消えることをラプチャーと言います。人々の頭上にUFOが雲に隠れて待機していて、選ばれた人たちだけがこの肉体を持ったままUFOに引き上げられていくのです。それを聖書的には「携挙(けいきょ)あるいは空中再臨」と言います。

 選ばれた人たちというのは、心から神である創造主である「イエス・キリスト」を信じている人たちのことです。それは、決してキリスト教という宗教の形骸化(形式化)したイエス・キリストではありません。宇宙で最も進化した高次元の宇宙人、いわゆるスーパースターで、宇宙の法則を自由自在に使うことが出来、宇宙万物すべてを支配しています。

 教理のわからない子どもたちにも、ラプチャーのチャンスが与えられますが、たとえ子どもであっても、、創造主のことを拒否すればラプチャーのチャンスは失われます。要するに、年齢に関係なく、
自由意志で選択する権利があるのです。

 せっかく与えられたラプチャーのチャンスを受け入れるか受け入れないかは、その人の魂、意識的レベルによるものです。

 「ラプチャー」それは、人類にいまだかつてなかった最も宇宙的で、革新的な出来事となるでしょう....。
 

 

 
posted by realistictime at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | これからの時代の生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。