一度目は、イエス・キリストを信じて迫害にあったり、殉教した人々の御霊がこの地上で肉体をまとって復活し、一瞬のうちに空中に引き上げられます。
二度目は、創造主であるイエス・キリストを形骸的(形式的)にではなく、心から信じ、自分の意識レベルを上げた人々は、生きたままこの肉体を持って、瞬時のうちに空中に引き上げられます。
イエス・キリストが十字架にかかり、その後復活することも聖書の預言の通りに現実になりました。そして、この人類の唯一の救いであるラプチャーも聖書の預言どおりに近いうちに必ず現実に起こってきます。
そして、一瞬のうちに空中に引き上げられた人々は、創造主であるイエス・キリストに会い、イエスがこの地上に再び現れる時(再臨)にも一緒に地上に降りて来ます。そして、2012年以降に構築される新しい地球文明である精神文明時代(宇宙文明時代)をイエスと共に歩みます。
これから、いずれ近いうちに締結される中東和平前後にこのラプチャーが起こります。それは、ほんの一瞬のうちに、しかも予期しない時に起こり、何が起こったのかわからないうちに空中のUFOに引き上げられます。
しかもラプチャーは、世界各地の至るところで、一瞬のうちに起こるので、地上に残された人々は、ひじょうなるパニック状態となります。そして、世界各地で起きた失踪事件として大問題になりますが、いずれそれが、聖書で預言されていたラプチャーであることを知ります。
そして、今まで創造主であるイエス・キリストのことをあざけり、心の中で嘲笑していた人々は、深く後悔するのです。
創造主であるイエス・キリストが十字架にかかったのは、ご自分の創造物である人類の罪をあがなうためであり、イエスが復活されたことにより、人間には意識体(霊体)があり、肉体を失っても魂は永遠のいのちを持っていることを人類に知らせるためでした。ラプチャーから外れた人々は、地上に取り残された時になってはじめて、そのことに気づき、深く嘆くのです。
ラプチャーされた人々は、イエス・キリストを心から信じ、敬服していました。そして、以前にそのラプチャーされた人々からイエス・キリストのことやいずれ確実に起こるラプチャーのことを聞かされていたのにもかかわらず、地上に取り残された人々は、素直に信じずに拒んだことをとても後悔し、嘆くのです。しかし、後悔先に立たずということわざがあるように、いくら悔やんで時既に遅しなのです。
あの時、素直に、もっと真面目に耳を傾けていたら創造主の救いに預かることが出来たのです。ラプチャーから外された人たちには、もはやこの地上での救済の道はもうないのです。
聖書の御ことばより(旧約聖書:箴言1章24−26節)
「わたしが呼んだのに、あなたがたは拒んだ。わたしは手を伸べたが、顧みる者はいない。あなたがたはわたしのすべての忠告を無視し、わたしの叱責を受け入れなかった。それで、わたしも、あなたがたが災難に会うときに笑い、あなたがたを恐怖が襲うとき、あざけろう。」



