2009年03月04日

肉体は死んでも魂は永遠に生きる

人間は、「肉体」「霊体」「魂」の三つから成り立っています。

 しかし、多くの日本人の生死に対しての定義は、肉体が死んだ時が死で、肉体が生きている時が生きているというものです。つまり、肉体が死んだら、人間はそれで終わりと考えているのです。

 要するに、肉体の生死が問題であり、霊体や魂の存在を認めず、人間を一つの物体と考える唯物主義に多くの人々が陥っているのが現状です。

 太古の日本は、太陽神を中心とする古神道でした。太陽神とは、創造主のことで、太古の日本人は宇宙万物を創造した創造主の存在を充分認識し、創造主とともに人生を歩んでいました。そして、人間は、肉体、霊体、魂によって構成されているということを知っていて、その当時の日本人の意識レベル、つまり精神性はひじょうに高く、超高度文明を築き上げていました。

 しかし、飛鳥時代に仏教が日本に導入されて以来、太陽神である創造主への信仰から、形を持った神仏を拝むという唯物主義、偶像崇拝信仰へと大きく変えられてしまいました。

 釈迦は、死後の世界、つまり霊界の存在を人類に明確にせず、そして肉体と霊体と魂の区別も明確に説きませんでした。

 聖書の理念を中心にして人生を歩んでいる欧米諸国の人々は、聖書に基づいて、人間の存在は、神である創造主によって肉体にいのちの息(神の霊)が吹き込まれた霊的な存在であること、また、人間の魂は永遠のいのちをもって、永遠に生きることをじゅうぶんに認識しています。

 また、聖書においては、人間の肉体はちり=土から構成されていて、肉体が死を迎えた時、その肉体はちり=土に戻ると明確に書かれています。つまり、肉体と霊体と魂の区別が明確で、肉体の死を迎えると、その人の霊は肉体を離れて、霊体となって、肉体にいのちの息を与えた神の元へと帰ります。

 つまり、その人の魂は、創造主が統治している霊界、死後の世界へと戻るのです。ですから、人間が死んだ瞬間の体重をはかると生前よりも36グラムほど軽くなるそうです。つまり、魂の重さが36グラムあるとうことです。

 およそ2000年前に、創造主が人間の形をもってこの地球に誕生したのが、イエス・キリストですが、イエスは人類の罪のあがないと人類の救済のために敢えて自ら十字架にかかりました。そして、死後三日目に復活することによって、人間には肉体の他に霊体があることを身をもって証ししたのです。その復活したイエスの身体は、紛れもなく肉体ではなく霊体であり、創造主の栄光の身体でした。そして、霊体は三次元には決して束縛されない身体です。

 人類史において、イエス・キリストを信じて多くの人々が迫害にあったり、殉教しましたが、それらの人々は、信仰を捨てることよりも肉体を殺される方を選択したのです。たとえ、肉体は殺されても、魂を殺すことは決して出来ないことを知っていたからです。

 イエスを信じる人々は、「からだを殺しても、魂を殺せない人たちなど恐れてはなりません。」という聖書の教え(マタイの福音書10章28節)に従ったのです。

 肉体の死とともに魂は決して滅びません。肉体は死んでも魂は永遠に生きるのです。


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ラベル: 死後の世界
posted by realistictime at 02:23| Comment(0) | TrackBack(0) | これからの時代の生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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